☆生後6ヶ月と23日☆
先日、日本から帰ってきました。
短い期間に色んなことがありすぎて、ここには書ききれないくらいです。記憶をたどりながら、ダイジェスト版で書いてみますね。
行き/12時間、帰り/10時間の機内は、なぜか離陸前に15分くらい号泣。(行きの便では斜め前方に座っていた男性がスチュワーデスさんに席を変えてくれと言っていました。)この先十数時間どうなることやらと心配したのですが、離陸してからはずっとおりこうさんにしててくれてほっとしました。
着いて2日目、今度は東京から私の故郷への国内便です。あまりに早くホテルを出たため、飛行機待ちのために半日羽田で過ごさなければいけませんでした。
あー坊は今まで家の中ばかりだったのがいきなり外に出て何百人もの人を見たせいか、今までに発した事のない奇声で大はしゃぎ。それも、文字に出来ないような・・イルカや鯨が発するような音。きっと、神経が相当高ぶっていたのでしょうね。でも泣く訳でもなく、わりとごきげんなようすでした。
そしていよいよ、ナナ(おばあちゃん)とグランピ(おじいちゃん)にご対面です。
私の両親にとっては3人目の孫。私の年齢から、これまで子供の事には触れなかった両親ですが、やっぱりものすごく嬉しかったみたいで、普段は物静かな父も終始にこにこ。あー坊をあやしたり、ビデオにおさめたりと大活躍してくれました。
あー坊もうちの父とは最初から気が合うみたいで、父が「ば!」と面白い顔をするだけで、きゃっきゃと大喜び。なんだかこの年になってやっと、(あー坊のお陰で)私も親孝行出来たなあ。。なんて。
実家では、私達夫婦は本当にいい思いをさせてもらいました。
毎日上げ膳据え膳(・∀・)で、昼は外食。新鮮な魚介類を中心に、日本でしか食べられない物を思う存分堪能させてもらいました。
何より楽だったのが、
あー坊を見てくれる人が私以外にいる
ということでした。
お風呂にもゆっくりとつかれるし、洗濯物だって安心して外に干しに行けるし、ご飯だってゆっくりと食べられる。。あー坊が生まれてから今まで出来なかった事です。
数ヶ月前にseparation anxiety(分離不安・・私の姿が目の前から見えなくなると泣き出すように。普通、8、9ヶ月くらいの赤ちゃんに見られるそうです)が見られるようになったあー坊、私以外の人が抱っこすると泣くんじゃないかと思っていたのに、意外や意外。人見知りもせずに思ったよりも案外平気でした。母の友人に抱っこされて庭を歩き回る姿を遠くから眺めるのは、あんなに遠くから我が子の事を見たことがなかったので、何だか不思議な感覚でした。
そして、帰国してからと思っていた離乳食を実家で始めました。
12月半ばからずっと、あー坊が夜1時間おきに起きるのでそのたび授乳しなければいけないという話をしたら、母も母の友人も口を揃えて「それはご飯が足りないから離乳食を始めないと」と言うのです。
母の記憶によると、離乳食の目安は体重8キロくらいだそうなので、体重だけから言うと3ヶ月で8キロ超えてたあー坊は年明け頃には離乳食を始めてもよかったのかもしれません。担当の小児科医からも、4ヶ月検診で離乳食OKと言われてたし。。ただ、以前の血便のこともあるし消化器官の発達を待って6ヶ月から、と思っていたのです。
10キロ超えてまだ母乳だけ、と言うと、みんな目を丸くして驚いていました。母が子育てしてた頃、大きい子は普通粉ミルクを足していたそうです。
スタートは、母がおかゆさんを作ってくれました。スプーンで食べさせると、ものすごい勢いでがっつくあー坊・・(・∀・;)
「最初はスプーン一杯から少しずつ増やしてゆきましょう」
というご本の指示は無視、いきなり小鉢一杯分も平らげてしまいました。しかも初日から2回食。
6ヶ月検診での小児科の先生によると、ご飯なら食べたいだけ食べさせてもいいということだったし、うんちの調子もいいので、食べるだけあげています。
離乳食のおかげか、慣れない環境での外出続きで疲れたせいか、お陰で日本にいる間中あー坊は夜ぐっすり眠ってくれました。ホテルや私の実家など、初めての場所でも問題なく眠ってくれたのは意外でした。親が思っているよりもたくましいのかもしれないです。
さて、まだまだ書きたいことが沢山あるのですが、長くなってきたので今日はこれくらいにします。時間がとれたらまた、続きを書くかもしれません。このところパソコンに向かう時間がなかなかとれなくて、皆さんのところにもコメント残せずにごめんなさい。メールをくださった皆様、そうもありがとうございます。お返事が遅れますが、もうしばらくお待ちくださいね。
先日、日本から帰ってきました。
短い期間に色んなことがありすぎて、ここには書ききれないくらいです。記憶をたどりながら、ダイジェスト版で書いてみますね。
行き/12時間、帰り/10時間の機内は、なぜか離陸前に15分くらい号泣。(行きの便では斜め前方に座っていた男性がスチュワーデスさんに席を変えてくれと言っていました。)この先十数時間どうなることやらと心配したのですが、離陸してからはずっとおりこうさんにしててくれてほっとしました。
着いて2日目、今度は東京から私の故郷への国内便です。あまりに早くホテルを出たため、飛行機待ちのために半日羽田で過ごさなければいけませんでした。
あー坊は今まで家の中ばかりだったのがいきなり外に出て何百人もの人を見たせいか、今までに発した事のない奇声で大はしゃぎ。それも、文字に出来ないような・・イルカや鯨が発するような音。きっと、神経が相当高ぶっていたのでしょうね。でも泣く訳でもなく、わりとごきげんなようすでした。
そしていよいよ、ナナ(おばあちゃん)とグランピ(おじいちゃん)にご対面です。
私の両親にとっては3人目の孫。私の年齢から、これまで子供の事には触れなかった両親ですが、やっぱりものすごく嬉しかったみたいで、普段は物静かな父も終始にこにこ。あー坊をあやしたり、ビデオにおさめたりと大活躍してくれました。
あー坊もうちの父とは最初から気が合うみたいで、父が「ば!」と面白い顔をするだけで、きゃっきゃと大喜び。なんだかこの年になってやっと、(あー坊のお陰で)私も親孝行出来たなあ。。なんて。
実家では、私達夫婦は本当にいい思いをさせてもらいました。
毎日上げ膳据え膳(・∀・)で、昼は外食。新鮮な魚介類を中心に、日本でしか食べられない物を思う存分堪能させてもらいました。
何より楽だったのが、
あー坊を見てくれる人が私以外にいる
ということでした。
お風呂にもゆっくりとつかれるし、洗濯物だって安心して外に干しに行けるし、ご飯だってゆっくりと食べられる。。あー坊が生まれてから今まで出来なかった事です。
数ヶ月前にseparation anxiety(分離不安・・私の姿が目の前から見えなくなると泣き出すように。普通、8、9ヶ月くらいの赤ちゃんに見られるそうです)が見られるようになったあー坊、私以外の人が抱っこすると泣くんじゃないかと思っていたのに、意外や意外。人見知りもせずに思ったよりも案外平気でした。母の友人に抱っこされて庭を歩き回る姿を遠くから眺めるのは、あんなに遠くから我が子の事を見たことがなかったので、何だか不思議な感覚でした。
そして、帰国してからと思っていた離乳食を実家で始めました。
12月半ばからずっと、あー坊が夜1時間おきに起きるのでそのたび授乳しなければいけないという話をしたら、母も母の友人も口を揃えて「それはご飯が足りないから離乳食を始めないと」と言うのです。
母の記憶によると、離乳食の目安は体重8キロくらいだそうなので、体重だけから言うと3ヶ月で8キロ超えてたあー坊は年明け頃には離乳食を始めてもよかったのかもしれません。担当の小児科医からも、4ヶ月検診で離乳食OKと言われてたし。。ただ、以前の血便のこともあるし消化器官の発達を待って6ヶ月から、と思っていたのです。
10キロ超えてまだ母乳だけ、と言うと、みんな目を丸くして驚いていました。母が子育てしてた頃、大きい子は普通粉ミルクを足していたそうです。
スタートは、母がおかゆさんを作ってくれました。スプーンで食べさせると、ものすごい勢いでがっつくあー坊・・(・∀・;)
「最初はスプーン一杯から少しずつ増やしてゆきましょう」
というご本の指示は無視、いきなり小鉢一杯分も平らげてしまいました。しかも初日から2回食。
6ヶ月検診での小児科の先生によると、ご飯なら食べたいだけ食べさせてもいいということだったし、うんちの調子もいいので、食べるだけあげています。
離乳食のおかげか、慣れない環境での外出続きで疲れたせいか、お陰で日本にいる間中あー坊は夜ぐっすり眠ってくれました。ホテルや私の実家など、初めての場所でも問題なく眠ってくれたのは意外でした。親が思っているよりもたくましいのかもしれないです。
さて、まだまだ書きたいことが沢山あるのですが、長くなってきたので今日はこれくらいにします。時間がとれたらまた、続きを書くかもしれません。このところパソコンに向かう時間がなかなかとれなくて、皆さんのところにもコメント残せずにごめんなさい。メールをくださった皆様、そうもありがとうございます。お返事が遅れますが、もうしばらくお待ちくださいね。
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