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2006年9月に高齢初産で男の子を出産しました。 ぼちぼちと育児日記を綴っています。2008年1月と2月は絵日記もちょこっと。
頑張り通す
2018年11月08日 (木) | 編集 |
私は、自分で考えて頑張り通すこと、忍耐強くなることはとても大切なことだと思っています。

でもそれは、自助努力とか滅私奉公とか根性論とか学校や社会が個人に求めるような美談的なこととは全く別です。

自分が本当に興味のあることややりたいことを実現するために必要な力として鍛えてほしいのです。

ポジティブ思考だけで人生何とかなると、フワフワしたままで何とかなる人もいるのかもしれませんが、それって本当に楽しいの?と思うのですよ。

目標に向かって頑張る、試練に耐える、という経験を通して得られる達成感や充実感、自信、そういうものは魂を震わせるほどの喜びだと思うのです。

厳しい中に身を置くことによって研ぎ澄まされる、心の筋力みたいなものをつけた人は、生き抜くエネルギーも高いですよね。

心の筋力がつくと、どーんと安定して自分のまわりもよく見えるようになります。自分が安定すると見返りを求めることなく人に優しくできるようになります。何かに依存する必要もなくなります。自分で考えて道を切り開くことができるようになります。

親や学校は、子供達のそういう力をつける手伝いさえ出来れば、それでいいと思っています。

堤未果さんの著書『社会の真実の見つけかた』のあとがきに、すてきなことが書かれていましたのでご紹介して終わります。

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ならばつまづきそうになった時、大人はどうしたらいいのだろう?

私が苦しい時そっと目を閉じて向かうのは、記憶の中の教室だ。

生徒が疑問を口にすると、先生たちが嬉しそうににっこり笑う。答えをくれる代わりに、その問いを気のすむまで追いかけなさいと応援される。友だち同士の喧嘩やいじめ、恋愛に家族、将来の夢・・・、起こることに善悪はない、逃げずに向き合い、深く考え、自分だけの結論を出すプロセスにこそ価値があると教えられた。

わかったふりをしないこと。どんな結果になってもよし、先生たちは◯もXもつけなかった。どのみち体験から学んだことしか残らないのだから、失敗しないよう親や先生が手を出しても無駄なのだ。やってごらん、見守っているから。そうやって一つひとつ自分で手に入れたものは、いつしか本物の自信にかわってゆく。

そして先生が私の中にまいた種は、社会に出てから何度も繰り返し花開き、そっと背中を押してくれた。

教育が人間を育てる種まきだとしたら、すぐに結果が出なくても、その子の中にある善きものが気を熟し花開くのを信じて待つ余裕を、先生や親が持てるかどうか。その環境を整えることが、国や行政の役目だろう。
今ここに集中
2018年10月23日 (火) | 編集 |
今朝の息子との会話。

息子: 今日水泳やだ。水泳まであと7時間。嫌だ~。

私: うん、今日一日中嫌だ嫌だって水泳の事心配してるのもやじゃない?今目の前にある事に集中して、水泳の事は7時間後に心配すればいいよ。まあ水泳が始まったら泳ぐことに一生懸命だから心配する閑もないよきっと。

息子: うん・・

私: 今やってる事にいつも集中してたらいいよ。やってる時は忙しくて心配する暇もないでしょ?ほ~ら、いつもそうやってたら、心配する事なんてな~んにもないね!⌒☆; (ゝ∀・*)

とかなんとか言いながら、じゃあ学校で楽しい事みつけたら教えてね!と送り出しました。


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自分がそうだったから、不安に感じるその気持ちはすごくよく分かるのですよ。

私は13歳~30歳位まで、暗くて先の見えないトンネルにいるような感じだったのですが、今にして思えば、あれは『今ここ』がなかったから。

不安の正体は、過去や未来を思い煩うこと。

常に今ここ、目の前にあるものやことに集中していれば、その真っ只中にある間はただ生きるという現実しかなくて、不安はなくなってしまいます。

自分でそういうカラクリに気付くのに何十年もかかってしまいましたが、ちょっと視点を『今ここ』に移すだけで生きるのが断然楽しくなりますね。今、ほんとに怖いものが何もないです。その真っ只中にきたらその時対応すればいいやって感じです。

実感としてそういう心境に至るための体験も必要だと思うので、今すぐには理解してもらえないかもしれないけど、そういう事を知識として持っておくと、将来それが自分の体験とつながって自分なりの答えを見つけるかなーと思って息子には事あるごとにそんな話をしています。遺言みたいなもんです。

息子が心配する事が好きという選択をするのであれば、それはそれでいいです。自分なりの考えは息子に任せます。
いじめ
2018年10月09日 (火) | 編集 |
息子の許可を得ていないので詳細は書けませんが、うちの子、幼稚園~5年生までいじめられてたのですよ。家では何も言わなかったので最初は知らなかったのですが、2年生の時担任の先生から聞いて以来、ずっと対策を講じてきました。4年生5年生の頃はすごくひどくて、毎日のように家で泣いていました。

それが、9月に6年生になってからぴたりとそういう話も出ず、学校が楽しいという言葉を初めて口にするようになりました。

いじめと言ってもケースバイケースでこうすればよい、という特効薬みたいな方法はなく、その子に合った対処方法を考えないといけないので、これはうちの子に限った話として聞いてもらえればと思います。

まず学校での取り組みとしては、週2回の特別クラスに行きました。

うちの子の場合は、他の子の悪口を言いたくないしなかなかノーと言えないという所があって、自分を守るために立ち上がることが困難だったようなのです。そこで、学校から提案された「自分に自信を持つ。自分の思っている事を言えるようになる。」ことを目指すクラスに入れてもらいました。

同じような悩みを抱える何人かの子供達で、カウンセラーと話をしたり皆で話し合ったりロールプレイングしたりするのです。これは、本人はあまり行きたくないと言っていましたが、自分の考えを論理立ててきちんと話す練習は目に見えて効果があって、2年間やってみましたが親としてはよかったと思います。

そして家での取り組みというか、私がずっと言い続けてきたのは、”スル―するスキル”です。

息子の場合、誰かに悪意を持って何かをされたり言われたりとかちょっかいを出されるのが我慢できなくて、それに対する怒りがまず物凄く大きかったのですよ。

でも、そういう外側からの嫌な事っていうのは、自分が嫌だと思って我慢できないと”決めている”からひっかかるのであって、自分が何も反応しなければ、自分にとっては現実でなくなるんですよね。

例えて言えば、誰かが何かを食べなさいと言ってきても、それを食べたくなければ食べなければいい話ですよね。相手に「ありがとう。でもお腹いっぱいなのでいりません。」とお返しすればいい。同じように、誰かが”自分の”感情をぶつけてきてもそれを受け取らずに「その感情は私の物ではないので受け取れません」としれっとしていれば、自分が影響を受けることはないのですよ。

まあ、相手の子も親との関係とか色んな事情を抱えていて他の子に意地悪したり乱暴したりするのかもしれませんし、その子なりに問題を抱えているとは思います。

でも、それをうちの子が引き受けてスケープゴートになってもいいかというと、それは別の話。
(私は物心ついた頃からずっとスケープゴート役を引き受けてきてしまっていて、ある時自分の人生を生きたいと思ってその役割を放棄しました。なので、自分とよく似た部分を持つ息子には、スケープゴートになる事を引き受けない”スキル”としても伝えました。)

自分に起きる物事や悩みの対処法として、一般的にはそれにきちんと向き合ってちゃんと話し合って理解し合うというのが模範解答みたいになっていますが、方法は無限にあると思うのですよ。ちゃんと向き合う価値があると思えば向き合ってもいいし自分にとっては必要ないと思えば距離をおいたりスル―したり逃げるのもありだと思います。模範解答を模索してもがき苦しんでもいいし悩み自体を捨てちゃってもいいし。自分がどう思いたいのか自分で決めれば、何でもいいんです。

一般的に考えると何て無責任で非常識と思われるかもしれませんが、私は息子にこの世界を生きてゆく上でのスキルというか、自分で対処出来るような考え方なり方法なりの一例を、彼が自分で自分の方法を考えるまでのつなぎとして伝授できれば、自分の親としての役割はそれでいいと思ってまして。

(そしてまず第一目標は、『自分の芯をしっかりと確立すること』。自分が確立すれば周りのことを考える余裕が出来ると思うのですよ。だから、みんなまとめて大円団というのが模範解答ではあるのでしょうが、そんなの大人だって出来る人は少ないのに人生を始めたばかりの子供に理想を求めても無理さと思うのですよ。自分の経験上そう思うので、間違ってるかもしれませんが最善だと思う方法と順番を考えると、まずスキルとしてこういうのを伝えています。)

学校の勉強ももちろん現実的に大事ではありますが、それはどうでもいいと思ってるんです。(夫はそちらが大事だと思っているので宿題とかテストとかルールとかの重要性を教えてくれています。)

息子には、

「自分の考えている事が自分の世界を作っているんだよ。どういう現実世界にしたいのかは、自分で決めて。いいとか悪いとかじゃなくて、そうなってるだけ。楽しい事をたくさん考えている人の見ている現実世界は楽しい世界だし辛くて苦しい事ばっかり考えている人の現実世界は辛くて苦しい。誰かが意地悪をしてきても、君がそれを受け取らなければそれは本人に返るしかないんだから。いじめっていうのはね、自分が受け取ればいじめになるけど、気にしなければ自分にとってはいじめじゃないんだよ。スル―されたら相手もリアクションがなくて面白くないからちょっかい出してこなくなるよきっと。」

「学校は、色んな人達がいてもちろん嫌な人もいるけど、それにどう対処してどういう現実にするかっていう練習をするところ。何かあってもお父さんやお母さんや大人達が話を聞いてくれるしアドバイスももらえるから安心して練習すればいいよ。」

と、まあ非常識な事ばっかり言ってるかもしれません。もちろん、本人からの話や学校からの話、息子本人がどうしたいのかを聞いて話しあった上で、息子の性格や傾向からこういう考え方が効果的かなと考えながら言っています。

そして毎朝、

「スル―する練習、楽しい事を見つける練習ね。面白い事があったら教えてね。」

と言って背中をポンとたたいて送り出します。

夏休み中も、折を見てスル―するスキルや自分の望む現実世界にするスキルについて話をしていました。

とりあえず新学期が始まってから一か月、嫌な事をされたり言われたりという話は今のところないです。

世間的には多分非常識なんでしょうが、自分の子供の性格や考え方の傾向を見てこういう方法をとっています。再度言いますが、ケースバイケースなのでアプローチは無数にあると思います。

それと、矛盾するように聞こえるかもしれませんが、息子には「我慢するスキル」、「がんばり通すスキル」もつけて欲しいと思って取り組んでいます。それについてはまた改めて。